「明和義人伝~モダンタイムズ ep~」第6回 : 久保有朋さん

プロフィール

久保有朋さん
古町花街の会事務局長/旧齋藤家別邸学芸員

1991年生まれ、新潟市南区出身。新潟大学工学部では建築学を学び、卒業後は同大学院で花街について研究し、博士号を取得。2015年より古町花街の会事務局に携り、古町花街地区防災会や新潟まち遺産の会の世話人として、古町花街を中心とした歴史的な建築や街並み保全、伝統文化の継承に幅広く取り組む。2020年からは旧齋藤家別邸の学芸員を務め、企画運営から広報も担当。2023年の「明和義人祭」で、涌井藤四郎役を務めた。

新潟市古町の花街文化の研究、歴史的な街並みの景観保全など、まちの文化と歴史の継承に多角的に取り組まれている久保有朋さん。
明和義人祭で明和義人の立役者となった「涌井藤四郎」役を務めた久保さんに、お祭り当日の様子や古町への思いを語っていただきました。

先進的な精神を感じた、涌井藤四郎の手法と人柄

2023年の明和義人祭に参加してみての印象はいかがでしたか。

 

久保:
学生さんをはじめ、思っていたより若い方々の参加が多いお祭りだと感じました。少し意外だったのが神菓まきです。上棟式のように、伝統的なお菓子やお餅をまくものと思っていたのですが、そういったものではない今どきのお菓子を配っていたことに驚きましたね。あぁ、そこは現代的なのかと(笑)。歴史が感じられるものの中に今の感覚を取り入れていることで、特に若い方は参加しやすかったのではないでしょうか。

 

「涌井藤四郎」役を担当されました。役を引き受けての感想は。

 

久保:
涌井藤四郎については、正直にいうと「新潟町の自治を守るために町民を先導したリーダー、ただし奉行所を襲撃・占拠するなどの暴力を用いることも辞さない革命家的な人物」という印象を持っていました。「暴力を用いることも辞さない」という点においても、自分とはかけ離れた存在なのだろうと。ですが、藤四郎役を引き受けた後に書籍をよく読んでみたら、多少の誇張もあるかもしれませんが、言葉による合意形成、調整を以て、冷静に街の安全や人々の生活を守ろうとしたことが分かりました。最後まで町民のためを思い、自己犠牲をいとわず活動し、暴力ではなく、徹底して言葉を用いて合意形成を図る手法を取っていた点は、現在のまちづくりに通じる先進的な精神を感じます。藤四郎の人柄や考え方に共感しながら、役を務めさせていただくことができました。

 

岩船屋佐治兵衛役の相澤俊一さん、お雪役の古町芸妓・志穂さんとは良く知る間柄だったそうですね。

 

久保:
仕事でも関わることの多いお二人が一緒で心強かったです。私の普段の活動は、実際に相澤さんに支えていただいている部分も多く、年齢的にもマッチしていましたね。とても暑い日で待ち時間があったりもしましたが、志穂さん、相澤さんとお話をしながら、非常に有意義で楽しい時間を過ごすことができました。

行政との連携が、景観保全とにぎわいの創出への後押しに

最近の久保さんの活動に関して、お聞かせください。

 

久保:
旧齋藤家別邸の学芸員として働きつつ、「古町花街の会」の事務局長として古町花街の歴史と文化の継承、古町活性化につなげる市民活動にも携わっています。昨年の主な取り組みとしては、古町の鰻料理店「瓢亭」の国の登録文化財登録に向けた活動と実際の申請業務にも関わりました。古町は歴史的な価値がある素晴らしい建築物が幾つもあるのですが、鍋茶屋以外は文化財的な価値が正式に認められていなかったのですが、私としてはそれがちょっと悔しかったんです。これだけ貴重なものは価値があるものとして残していくべきだと、10年ほど前から保存活用に向けて活動してきました。最近は行政との連携が追い風になり、古町の価値やにぎわいの創出をまち全体で応援しようという流れを感じています。

 

古町の景観保全についての活動はいかがでしょうか。

 

久保:
古町花街の景観を守っていく動きも具体化しています。実は3年ほど前から本格的に、花街らしい情緒ある景観形成を促すためのルールづくりを市役所や地域住民とともに進めています。最近では市議会の中で、「歴史と文化のまちづくり推進議員連盟」も立ち上がり、市議会議員の皆さんと歴史的街並みや文化財の保存・活用に、ともに取り組める体制もできつつあります。建造物については、瓢亭さんの登録が一つのきっかけとなり、地区内に文化財を増やしていこうという機運が、これまでになく高まっているように感じます。今年も瓢亭さんに続き、具体的に文化財登録の申請手続きに進んでいるものがあります。そうした意味で、2023年は古町花街に関わる地域の人々が街の価値を再認識し、今後の歴史まちづくりが進展する大きなきっかけとなった年といえるかもしれません。

後世に伝え、守りたい。古町花街の歴史的価値

景観保全に関するルールづくりなどに関しては、新潟県内では前例があるのでしょうか。

 

久保:
県内では佐渡が非常に進んでいますね。まち全体の街並みを守っていく制度は、大きく分けて国レベルで3つありまして、その一つが文化財保護法における「重要伝統的建造物群保存地区」というもので、佐渡市宿根木が県内で唯一選定されています。二つ目は「重要文化的景観」という制度です。これには相川の鉱山町の文化的景観と西三川の農山村景観がそれぞれ選定されており、どちらも佐渡市です。三つめは通称「歴史まちづくり法(正式名称は「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」)」に基づく「歴史的風致維持向上計画」の国による認定です。県内で認定されている市町村として、佐渡市は当然認定を受けていますが、もう一つ、村上市も認定を受けています。町家の雛人形巡りなども有名ですが、「千年鮭きっかわ」さんといった商店の方々や市民の皆さんが中心となって、25年ほど前から積極的に景観保全に取り組んでいます。市民運動に始まり、近年は行政も積極的に取り組むようになり、全国的知名度の向上も相まって、景観保全の動きがますます活発化しているように思われます。

 

新潟市はどうでしょうか。

 

久保:
残念ながら、新潟市ではこれらの制度の活用はまだありません。新潟とよく比べられるのが金沢ですが、金沢市の重要伝統的建造物群保存地区は4地区あり、歴史的景観や文化財の保全に市を挙げて取り組んでいます。ですが、金沢がすごいのは国の制度だけでは足りないと、国の制度ができる以前から、金沢市独自の条例を作って補助金の活用などにも注力している点です。こうした文化を守り育てる制度の充実具合や行政の意識の高さにおいて、金沢は全国随一ではないでしょうか。新潟がこれから官民の連携をより強化し、追いかけていくべき存在は金沢だと私は思います。

 

歴史的な景観や文化の面で、新潟市が強みにできることは。

 

久保:
私の研究テーマでもある、生きた花街文化が残っていることではないでしょうか。古町芸妓、伝統的料亭街、文化財的価値のある建築など、古町独自の花街文化と歴史的な街並みを一緒に楽しめるのは全国的に見ても新潟だけです。また、古町芸妓は株式会社組織に所属できることで、会社員と同様に福利厚生などが整った環境で芸妓の仕事に取り組めるといった、古町芸妓という伝統芸能を継承していくための仕組みが整っていることも強みですね。お座敷体験などを通して、県内外の一般の方々にどのように楽しんでいただけるか。そのためにもそういった機会の需要と供給の良いサイクルの基盤を作っていく必要があると考えています。

暮らす人の目線に立って考えるまちづくりを

古町花街で活動する上で、日頃から心がけていることはありますか。

 

久保:
活動をする地域の中で生活し、外からの目線ではなく、自分も相手と同じ目線になることを心がけています。まちに関わることであれば、そこに暮らす方々に任せきりにはせず、自分も町内の一員として必ず関わることです。まちづくりは信頼関係がなければ成り立ちませんので、小さなことでも少しずつ粘り強く積み上げていくことが大事だと思っています。まちづくりに限らず、自分の想いで動くことに対して誰かに協力してもらうよう依頼するなら、説明する相手や地域に対して「その取り組みがどのようなメリットを生むか」を説明するだけでなく、相手が今困っていること、今手伝って欲しいことにまずは自分が協力する、という姿勢を心掛けています。

 

最後に、明和義人祭に対してメッセージをお願いします。

 

久保:
若い世代に新潟の町人文化、湊町文化を知ってもらえる催しで、花街文化に気軽に触れてもらえる貴重な機会だと感じています。今後もぜひ続けていただきたいですね。もっと下の世代、小学生や中学生、さらに小さいお子さんたちが参加できるのが理想です。例えばですが、私たちが演じた涌井藤四郎、岩船屋佐治兵衛、お雪の3人を、子どもたちが“子ども藤四郎”を演じるとか…楽しみながらお祭りの意義や歴史を知る機会をつくるのもいいでしょうね。新潟を支えていく人間の育成という意味でも、新潟にこういった歴史を紡いだ人たちがいたことを伝えていく意義は大きいと思います。今後、お祭りや日頃の学習のなかで新潟の子どもたちが明和義人を知るきっかけづくりに私も関われたらと思います。

「明和義人伝~モダンタイムズ~ep」とは

明和義人祭にて主人公を演じていただいた方に感想やご自身についてのエピソード(ep)をお伺いし具体的な活動内容を紹介します。明和義人を知るきっかけとなり新しいことを始めようとしている方の一助となれれば幸いです。