亀貝さんのこれまでの経歴を教えてください。
亀貝:
僕の経歴は、話すとかなり長いかもしれません(笑)。2浪して入った大学生活は、浪人して仕送りもお願いできなかったので、ひたすら飲食店でバイトの日々です。ここで料理が好きになって調理師の免許まで取り、過酷な仕事場を4年間経験したことが、一つの成功体験になりました。実はそれまでは中学受験、大学受験に失敗したのもあり、自分で自分に「ダメ」というレッテルを貼っていて、全てにおいて劣等感ばかり持っていたんです。もう、周りにいる人たちは全員敵、反骨精神で生きてきたようなものでした。ですが、その厳しいアルバイトを続けることができたこと、周りの人から頼られる立場になったこと、楽しくて辛い中で頑張ってこれたことが自信につながりました。そこからはもうチャレンジさえすれば結果リスクはないし、自分の幅は広げていけると気付くきっかけになったんです。
挑戦することの楽しさを、身をもって体験したと。
亀貝:
そうですね。自分が死ぬまでにどこまでの景色が見られるか、そんなふうに考えるようになりました。料理のバイトを続けながら、就職についても考えていましたが、就活中に出会ったある営業マンの方が生き生きと働く姿に影響を受け、大学卒業後は営業職を目指そうと。インターネットでの車関連企業で営業マンとして働き、自分が動くことで受注に繋がる楽しさ、結果が出るという営業の醍醐味を味わい尽くしました。3年で退職した後は大学時代の憧れの先輩を追いかけるように上海に渡り、フリーペーパーの編集・発行を行う会社など複数の事業を経験しました。言葉も分からない、土地勘もない上海でしたが、東京や新潟にはない街の勢いを感じたエキサイティングな体験でしたね。東京に戻ってからはアプリゲームのマーケティングに携わりましたが、現在の業務の一つであるマーケティングはこの時の経験がとても活きています。
これまでの仕事は、どれも未経験の状態からのスタートですよね。
亀貝:
未経験であっても、自分の考えや動き方次第で、知識や経験は自然と身に付いてくることを体感しました。アプリゲームの会社を退職してからは、32歳の時に縁あってYouTuberを軸としたインフルエンサーマーケティング施策などを行うCAPSULE JAPAN Inc.で働きました。台北に移住し、企業の取締役として現地従業員のマネジメントにも関わり、企業の経営、事業と人の育成も経験したんですね。その時々にチャンスがあり、この先にはどんな景色が広がっているのか、そんなことを思い描きながら、キャリアを積んできました。
東京、上海、台湾。これまでの活動拠点は実に幅広いですね。海外での経験で得られたことは。
亀貝:
「多様な価値観があっていい」と実感したことでしょうか。日本で暮らしていると、僕のように人見知りでなくても周りの目を気にしてしまう場面が多いと思うのですが、上海も台湾もそういうものが一切なく、いい意味で自由。多様性がありながら、ビジネスでは皆で同じゴールに向かう、そんな面白さがありましたね。