「明和義人伝~モダンタイムズ~」第12回 : 伊藤龍史さん

プロフィール

伊藤龍史さん

新潟大学経済科学部准教授・合同会社RJ’sリサーチ・アンド・アドバイザリーCEO

1980年福岡市生まれ。早稲田大学卒業後、早稲田大学大学院商学研究科修士課程・博士後期課程、早稲田大学産業経営研究所助手を経て、2009年に新潟大学経済学部・大学院現代社会文化研究科講師。2014年、経済科学部准教授。新潟ベンチャー協会アドバイザーをはじめ、にいがた産業創造機構理事、新潟雇用労働相談センター運営協議会委員、新潟ベンチャーキャピタルアカデミックアドバイザーを兼務。20231月に自身が代表となり「合同会社RJ’sリサーチ・アンド・アドバイザリー」を設立。

起業家、マーケッターの育成、企業とのコラボレーションと、教育者・研究者として多岐にわたって活動する新潟大学経済科学部准教授 伊藤龍史さん。
経営戦略論、マーケティング論、アントレプレナーシップ論の分野において、知識の積み重ねと共に実践的なアプローチを数多く取り入れながら、新潟のスタートアップエコシステムの基盤作りに取り組んでいます。
入ゼミの倍率が4.5倍に至った年度もあるほどの「伊藤ゼミ」のこれまでの歩み、アントレプレナーシップ育成の背景にある伊藤さんの志を伺います。

ビジネスコンテストでの成果がゼミのルーツに

現在の研究、活動について教えてください。

 

伊藤:
個人の研究としては、起業家精神(アントレプレナーシップ)に関する理論構築を目指す研究を主軸としています。学生時代から継続しているものとして、海外アウトソーシング(オフショアリング)現象の研究も行っています。また、オフショアリングの研究の流れにあって、そこにアントレプレナーシップの研究をミックスして考えた私独自のテーマなんですが、顧客側のアントレプレナーシップという意味で「カスタマーアントレプレナーシップ」の研究も進めています。ゼミとしては、アントレプレナー(起業家)とマーケッター、戦略家の育成を教育のベースに、企業とのコラボレーションで経営課題の解決や商品開発などを通じて、地域の企業の活性化にも関わっています。

 

大学時代は商学を学んだそうですね。そのきっかけは。

 

伊藤:
私の父が西南学院大学の商学部で教授をしていたこともあり、どんな道に進むにあたっても、ビジネスを学ぶのは今後の役に立つだろうと考えていたんです。その一方で、私は幼い頃からインディ・ジョーンズシリーズが大好きで、考古学者・冒険者としてフィールドワークを行いながら生活をするスタイルに憧れていました(笑)。大学教授という仕事は一般的ではないのかもしれませんが、私にとってはとても身近なものでしたね。大学卒業後は早稲田大学大学院、商学研究科修士課程で2年間学び、博士課程に入って産業経営研究所で助手を2年経験しました。

 

新潟大学に着任されたのは2009年です。当時はどのような指導を。

 

伊藤:
実は新潟には縁もゆかりもなかったのですが、就職先として探していた際に条件がマッチしたことを機に赴任することになりました。当時の指導は大学時代に入っていたゼミに倣って、経営やマーケティングに関する本の輪読形式をとっていたんです。でもある日、このやり方って自分がいなくてもできるかもしれないとふと思いました。学生たちに、うちのゼミに入ったからこそ得られる知識を与えたいと思いました。そのタイミングで慶應義塾大学からビジネスコンテストの案内が新潟大学に届いたんです。東日本大震災の直後で、被災地を復興させるビジネスアイデアの募集だったのですが、当時のゼミ生の中に地元が大変な思いをしている学生がいて、ぜひ参加したいと。応募したら書類選考を通過して、本選の中間審査にも残りました。本選に登壇しているのはいわゆる有名大学の学生ばかり。その中で新潟大学のうちのゼミ生が突破したのを見た時に「もしかしたら育成の仕方によっては、こういう学生がもっと出てくるのでは」という予感がしました。

シリコンバレーで学んだ価値観の共創

具体的にはどのような方向転換を行なったのでしょうか。

 

伊藤:

2期生の時には新潟ベンチャーキャピタルのビジネスコンテストで受賞をしたんですね。そのタイミングでサバティカルの期間を与えられたこともあり、スタートアップのメッカともいわれるシリコンバレーにあるサンノゼ州立大学で1年間研究員として学ぶことにしました。向こうで見たのは、大学が企業と関わりを持ちながら教育をやっている姿です。日本の大学は先生対生徒で一方的に教える場合が多いと思いますが、向こうでは先生方と学生がチームの一員としてプロジェクトを回すケースもあるようです。教える教えられる関係じゃなく、一緒に考えていきましょうというスタイルで、知識を提供するというスタンスではなく共創するという教育スタイルなんだと感じました。シリコンバレーで見て学んで帰ってきた時に「新潟を変えよう、新潟大学を変えよう」と。その時に、大学自体を変えるのはすぐには難しい……だったら自分の思うようにできるのはどこだろうと考えました。その答えとして、自分のゼミを変えることを思い付きました。よくある本読みゼミではなくて、企業の課題を聞いてきて課題を設定し、それに対して学生がチームを組んで解決策を提案し、企業が提案を採用するという流れを作ろうと考えました。

ゼミのブランディングに通じた学生のアイデアと活動

シリコンバレーでの経験を、どのようにゼミで展開されたのでしょうか。

 

伊藤:
アメリカから帰ってきてとった3期生や4期生には、企業コラボレーションを実現しよう、ビジネスコンテストにみんなで挑戦しようというところからスタートしました。1期生が優勝までいかなかったコンテストで、その次の4期生が優勝し、その後に新潟の企業と連携して商品を作るというところまで進みました。その際に気付いたのは、学生のアイデアや意欲を自然発生的に待つのではなく、私がある程度の刺激を与えながらできるのではないかという点です。それが顕著に現れたのが5期生の「えほんカタログ」チーム、6期生の日本酒のマーケティング・ブランディングチームの「にゅーふぇいす」。対照的な女子2チームでしたが、クラウドファウンディングを行ってスポンサーも付き、商品も実際に販売しました。互いにビジネスコンテストで優勝を争い、切磋琢磨し合ったことで、伊藤ゼミのブランディングにもつながったと実感しています。

 

新潟の企業とコラボレーションを行うことで得たことは。

 

伊藤:
企業コラボはそもそも忙しい毎日の一部を学生とのコラボのために割いてもらうので、企業にとってもメリットがある提案であることを重視しました。新潟の中小企業はマーケティングと戦略が弱いと言われることが多く、その部分をコラボのテーマとしても着目しました。何十社もの企業に依頼をしながら少しずつ開拓をしていきましたが、当初から長くお付き合いをさせていただいているのが「ひらせいホームセンター」さんです。会社として実際に抱えている課題をどう解いていこうか、対等な立場でゼミ生から学ぼうとしてくださっています。企業とのコラボにおいては、それぞれのスタンス、やり取りや内容の質がとても重要になることも学びました。

 

学生に常々伝えていることはありますか。

 

伊藤:
アントレプレナーシップの定義はいろいろありますが、学生たちに一旦型にはまった上でそこから創造的に抜け出す、そういう力をアントレプレナーシップと捉えると伝えています。きちんとした理論を分かった上でそこから脱却する創造性を磨いてほしいと、常に思っています。そのためには、これまで分かってきたこと、発見されたことは過去の人の努力や知識の積み重ねであること、その上に現代の私たちがいることを自覚してほしいですね。それを知った上で少しでも貢献できるような発見や行動を取るというのが、ポイントになると思っています。

自分自身が起業家になることで仮説と課題を見出す

2023年1月には伊藤先生ご自身がCEOとなり、合同会社を設立されました。

 

伊藤:
研究成果を社会実装する大学も多くなってきた中で、文系のベンチャーは理系に比べて事例がなかったこともあり、ここは先陣を切って立ち上げれば、文系の大学発ベンチャーの立ち上げルートが体系化されるだろうと挑戦しました。一つのきっかけとして大きかったのが、実際に多様な経営者などと接する中で、新潟の企業経営者は優れた勘や経験に基づいて思考していると感じる場面が多かったことです。経営者の話を聞いていると「この経営者の考えていることは、あの理論とこの理論、この概念を組み合わせたものに近いかもしれないな」と思うことがありました。ある日、それを経営者にアドバイスしたところ「経営を考える際の道具立てができた」「自分の思考の確からしさやより検討すべき側面が見えてきた」と非常に喜んでもらえたんですね。こういった経験を得られる経営者を今後ますます増やしていきたいと、アドバイザリー会社というアイデアに行き着きました。その中で意外だったのは、コンサルティング会社からの依頼があったこと。コンサルティング会社の場合は、実務的な面の提案がこれまで多かったようで、コンサルティング実務にこそ理論的な下支えが必要だったようです。

 

地域貢献という点で考えていらっしゃることは。

 

伊藤:

学生、企業、地域に向けて今行なっていることは、どれもゆくゆくは地域貢献につながると信じています。これまでは活動の横軸の広がりを重視した活動でしたが、今後は大学生だけでなく、小中学生、高校生に向けたビジネスコンテストの開催をはじめ、縦軸で見たアントレプレナーシップ育成にも力を入れていきたいです。それともう一つ、昔からの密かな夢なのですが、一度はホテルの支配人を経験してみたいとも思っています。もう20年以上前になりますが、大学受験時にホテルに宿泊した際に田舎から都会に出てきた疲れもあって熱を出したことがありました。その時に当時、「ホテル」というテレビドラマで見たコンシェルジュの存在を思い出して、ホテルの方に助けを求めたんですね。その時に真摯に対応してくださったのと、受験を終えて実家に帰った際にそのお世話になった方直筆の手紙が届いていて……なんて素敵な仕事なのだろうと。大学教員の仕事を続けながら、なんとかホテルの支配人の仕事ができないか、実は模索中でもあります(笑)。

仕事と生活の垣根の低さが武器となる、ネットワークの構築

起業家、マーケッターを育成する上で、“新潟”という地域における強みはあるのでしょうか。

 

伊藤:
新潟は良くも悪くもコンパクトな街。初対面の人でも、既に知っている人の知り合いだったりすることも実際にとても多いですよね。ネットワーク理論で「六次の隔たり」という考えがあり、それに近いような人同士のつながりをスモールワールドネットワークといったりしますが、それが新潟ではすでに発生しているように感じます。シリコンバレーでもそういったネットワークが張り巡らされているので、スタートアップが生まれやすい。新潟は今、それに近い状態にあると思います。

 

その要因はどういったことが考えられますか。

 

伊藤:
人間はもともと、社会人としてのつながり、生活者のつながりの二つを持っているものですが、新潟の場合はそれが一体化しているのが大きいかもしれませんね。例えば、私の息子が学童野球をやっていて、私も週末になると練習に参加することがあるのですが、お父さんコーチの一人が私が本を出版した際にご縁があった会社の方だったり、知っている企業の社長をされている方もいて、そういうつながりから自然と仕事の話が始まったりすることもあります。良い意味での公私混同と言いますか、人と人とのつながりの垣根が低いことが、点と点がうまく繋がり、その地域独自のネットワークが生まれることに通じるように感じますね。個々のネットワークが断絶している都市部に比べると、生活と仕事相互からの乗り入れができるのが新潟の強みであり、スタートアップエコシステムをつくり上げていく観点からは理想的な環境ではないでしょうか。

 

最後に明和義人祭へのメッセージをお願いします。

 

伊藤:
その当時は明和義人の精神を言い表す言葉がなかったと思いますが、これぞアントレプレナーシップの典型例ですよね。アントレプレナーシップというと企業、ベンチャー、スタートアップと、昨今のものと捉えられがちになりますが、考え方という点においては、過去に人が生きてきた中でこういった精神を持って、さまざまな事柄に挑戦してきた人たちがいます。新潟における具体例が身近にある、そういった観点からも明和義人祭を新しい角度で知ってもらいたいですね。

明和義人祭実行委員より文庫本「新潟樽きぬた」を寄贈させて頂きました。

「明和義人伝~モダンタイムズ~」とは

明和義人に準え、現代で『勇気をもって行動し、自らの手で未来を切り開こうとしている人』にスポットをあて、今までになかったものを始めようと思った原動力や、きっかけ、そして具体的な活動内容を紹介します。新しいことを始めようとしている方の一助となれれば幸いです。